國學院大學陸上部の主将でエースの平林清澄(ひらばやしきよと)選手の進路先がロジスティードに決定しました!
今回は『平林清澄の進路先はロジスティード!高校の成績や中学を調査!』と題し、平林清澄選手の進路先がロジスティードに決まったこと、高校の成績や中学について紹介します。
- 平林清澄の進路先はロジスティード!
- 平林清澄の高校の成績は?
- 平林清澄の中学はどこ?
國學院大學陸上部の頼れる主将、平林選手について見ていきましょう!
平林清澄の進路先はロジスティード!
平林清澄選手の進路先が、ロジスティードに決定しました。
実業団【ロジスティード】は、物流業界で知られる企業で陸上部も強豪として有名。
平林選手は、進路先として実業団チームに入ることを希望していました。
平林選手の実力やスター性から複数の実業団から声がかかっていると噂があり、最終的にどこの実業団を進路先に決めるのかが注目されていました。
その中で、平林選手は家族や國學院大學の前田康弘監督らと相談し進路先を選択。
平林選手は卒業後も母校となる國學院大學で練習をしたいという希望があり、その思いを尊重してくれたことが進路先をロジスティードに決めた大きな理由とのこと。
平林選手は國學院大學陸上部チームをとても大切に思っていることが伝わってくるのでそういった気持を汲んでくれた実業団を選んだということですね。
進路先をロジスティードに決めた平林選手の大きな目標は、2025年東京世界陸上、2028年のロス五輪日本代表となること。
その目標が叶うよう、進路先ロジスティードで思う存分走ってもらいたいですね!
平林選手は、
自分の可能性を最大限に引き出せる環境だと感じました
と、コメント。
ロジスティードの陸上部監督は
平林選手の加入は我々にとって大きな戦力になります。彼の持つポテンシャルを最大限に引き出し、共に成長していきたいと思います
と、期待を寄せたコメントをしていました。
大阪マラソン2024優勝
平林清澄選手は、2024年2月25日開催された大阪マラソン2024で、2時間6分18秒で優勝しました。
初マラソンながら日本歴代7位、アジア歴代10位の記録で、日本学生記録も更新というすごすぎる結果!
その後の出雲駅伝、全日本大学駅伝でも安定した強い走りを見せてくれています。
残すは最後の箱根駅伝での走りを期待せずにはいられません。
平林選手の進路先が決まったことはファンにとっても嬉しく、これからの活躍ますます目が離せなくなりそうです!
平林清澄の高校の成績は?
平林清澄選手の高校時代の成績は以下の通りです。
- 高校1年:20名程度の部員の中で下から2番目からスタート→秋には1区で区間賞獲得まで成長
- 高校2年:福井県高校駅伝で1区3位
- 高校3年:コロナで様々な大会が中止→福井県高校競技大会にて1区2位
平林選手の出身高校は、福井県立美方(みかた)高校です。
福井県立美方高校は陸上の強豪校で、平林選手は高校時代大きく成長しました。
高校1年生のときには、部員の中でも下位の成績だったにもかかわらず、同じ学年にいた県内トップ3に入る選手たちにライバル意識を持って奮起。
平林選手は「ライバル選手に勝って1年から高校駅伝に出たい!」という強い想いを抱き、猛練習に励みました。
その結果、秋の全国高等学校駅伝競走大会の福井県予選でなんと1区を走り、区間賞を獲得し周りを驚かせました。
高校2年生では、福井県高校駅伝競争大会では再び1区を走り、3位。
また、この年の全国高校駅伝大会では「北信越区」のチームに選抜され、1区を走って22位という結果を残しています。
高校3年生のときは、コロナ禍の影響で思うような活動ができない中、福井県高校競技大会では1区を走り、2位。
平林選手の高校時代の成績を見ると、平林選手が強い気持ちを持って練習を重ねて成長してきた軌跡がはっきりとわかります。
高校1年のときは部内で下位だった選手が、3年間で県内トップクラスの選手へと成長したんですね!
この経験が、國學院大學での活躍、そして今回の実業団入りにつながったと言えるでしょう。
平林選手の高校時代の成績は、努力次第で大きく成長できることを示してくれていて、今の中学生高校生の選手たちにとって、大きな励みになるのではないでしょうか!
平林清澄の中学はどこ?
平林清澄選手が通っていた中学校は、越前市立武生(たけふ)第五中学校です。
越前市立武生第五中学校は、全校生徒が30名程度という小規模な中学校で、陸上部がありませんでした。
しかし、平林選手は仲間と一緒に駅伝に出場し、そこで駅伝の魅力に目覚めたのだとか!
特に中学3年生の時に出場した駅伝の地区大会が、平林選手にとって大きな転機となりました。
平林選手は、
自分は1区で2位でしたが、そこで襷(たすき)が渡った喜びが忘れられません。
自分がつないだ襷がちゃんと帰ってきたのが嬉しくて、駅伝っていいなと思いました。
と、語っています。
中学時代のこの経験は、平林選手の陸上人生に大きな影響を与えたことは間違いありません!
中学時代に駅伝の魅力に気づいたからこそ、高校では陸上強豪校である美方高校を選びそこで大きく成長することができました。
また、平林選手のご両親が陸上経験者だったことも平林選手の原動力になったと思います。
特にお父さんは地元で有名な選手で、平林選手が幼い頃からよく一緒に走っていたそうですよ。
走ることに慣れ親しんでいた環境が子どもの頃からできていたのは大きいですね!
中学時代の平林選手は、現状に不満をいうのではなく、できることをコツコツとこなしてきたという印象を持ちました。
中学に陸上部がなくても、仲間を集めて駅伝に出場する前向きな姿勢には尊敬の気持ちを抱きます。
環境が整っていなくても、自分から行動を起こすことができていた平林選手は今後も試行錯誤して走り続けていくと確信しています!
まとめ
今回は『平林清澄の進路先はロジスティード!高校の成績や中学を調査!』と題して、平林清澄選手の進路先がロジスティード、高校の成績や中学について紹介しました。
複数の実業団から誘いを受けながら、進路先としてロジスティードを選んだ平林選手。
高校時代の成績は、平林選手の成長の軌跡がはっきりとわかりました。
高校1年生の時は部内で下位だった平林選手が、3年間で県内トップクラスの選手へと成長。
この努力は多くの人に勇気を与えるものではないでしょうか!
そして越前市武生第五中学校時代は陸上部がない中、自ら駅伝に挑戦し新たな可能性を見出しました。
中学、高校時代の経験は平林選手の原点とも言えるでしょう。
今後平林選手がプロの世界でどのような走りを見せてくれるのか私たちも心から応援していきましょう!